まったり物書きの部屋

当サイトへようこそ。あこです。刀剣乱舞、FF8等々駄文つらつら書いてます

刀剣乱舞 続き

「これは…何と言ったらいいのかな」

彼の整った顔が、俄かに曇った。

僕にもくれと言われたから手元にあったゆずのくずきりを手渡して。男性らしく大きな手が容器を受け取り、繊細な長い指がスプーンを取って。形のいい唇にスプーンが触れたと思ったら、スプーンの上に乗っていたくずきりがつるんと口の中に放り込まれていく。

遠慮がちに「美味しいですか?」と聞いた途端にこの表情だ。

「正直に言ってもいいかな?」

相変わらずのいい声で尋ねられたから、

「どうぞ!こちらも本音が聞きたいんで!商品開発室に勤めてる友人に感想を言わなきゃならないので!」

少し早口で捲し立てた。緊張してるがバレバレかな。こんなに格好の良い人の前で緊張するなと言う方がおかしい。しかも初対面の人だ。

「ああ、そういうことなら感じたままを言った方がいいね」

言い終えてもう一度ゆずのくずきりを口に運んで、それをゆっくりとかみ砕く。

丁寧にその味を確かめた後、彼はくずきりの容器を目の高さまで上げてみせた。

「容器のデザインは綺麗だし可愛くていいんだけどね。鮮やかな黄色で目立つだろうし、女性なら手に取りたくなるだろうね。だけど、中身は改善しなきゃならない点が多いな」

「ですよね…」

つぶやいた私の声が少し低かった所為で落ち込んで聞こえたのか、彼が焦ったように私の顔を覗き込んでくるから少し身構えてしまった。イケメンの顔がこんなに近くにあるなんて、滅多にないから慣れてない。

「気を悪くしたかな。だったらごめんね?それぞれの味は悪くない。でもこのふたつを合わせてしまった事でお互いの味を殺してるんだ。くずきりは単独で商品化して、ゆずはこのままゼリーにする。両方抱き合わせで商品化してもいいかも知れないね。その方が売れると思うんだけど、どうかな?」

適切な判断。その通りだと思います。

優しく語り掛けるような口調。

人を不愉快にすることなんて皆無だろうなと思わせるようなほほえみ。

…出来過ぎだろう、この人。

「ありがとうございます。凄く参考になります。友人に伝えますね」

貴重な意見をもらったのでお礼を告げたら、彼は「お友達によろしくね」と返した後で残りのくずきりを口に滑り込ませた。

ところでこの人――誰?

私自身記憶力に自信がある方ではないけど、社内にこんなイケメンがいたらすぐに覚えそうなものだ。

入社した日からの記憶を辿ってみたりしたけど、やっぱりこれほどのイケメンさんを目にした記憶など一度もない。取引先の人かな、それとも業者さん?

「光忠、おまえはそう言うが、俺は悪くはないと思うが」

しばらく沈黙してた大俱利伽羅さんが顔を上げて嬉しいことを言ってくれる。

この商品を自信満々な顔で持って来た友人に聞かせたら泣いて喜ぶぞ。

「ありがとうごさいます、そんなふうに言ってくれるの大俱利伽羅さんだけ…」

友人の代弁でお礼を言いかけて、ふと気付いた。

今の大俱利伽羅さん何か重要なことを言わなかったか。

その名前には聞き覚えがある。

「…光忠!?今光忠って言いましたよね?!もしかして、燭台切光忠さんですか!」

「あれ。良く知ってるね?」

いやだって先輩女性社員の口から良く飛び出すから自然と覚えちゃいますって。

凄く格好いい男性社員がいる。見た目だけじゃなくて性格もいいし仕事も出来る。勿論独身。この会社の超優良物件。名前覚えておいて損はない。

 

『その人ね、燭台切光忠っていうの』

 

何人の社員から聞かされたことか…。

いやあもう、想像超えてました。

まさかここまでのイケメンとは。

「君は数か月前に入った新人さんだね?」

え。

なんで知ってるんだろ?

「色々と噂は聞いてるからね」

噂?私の?

ちょっと待って。私の噂って…。

噂になるようなことって、仕事でミスして先輩に叱られたことくらいしか思い浮かばないんですけど!?

あ、もしかして。

他にも社員がいたのに酔っ払った勢いで大俱利伽羅さんに告白しちゃった、あの一件が広まってるの?!

どんな噂を聞いたんですか、そう尋ねたかったんだけど、

「出向先の社員教育はもう終わったのか」

大俱利伽羅さんが先に燭台切さんに声を掛けたので残念ながら聞けずじまい。

「終わったよ。新しく出来たばかりの営業所だったから開設当初は不慣れな社員ばかりで業務が滞ることが多かったけど。今はスムーズで何の問題もない。もう僕がいなくても大丈夫そうだから帰って来たんだ」

なるほど、出向してたから今まで私と顔を合わせることがなかったんだ。

私がここに入社するのと入れ違いに出向したのかな。

新しく出来たばかりの営業所で業務に不慣れな社員の指導係って、業務全般の理解が出来ていて、尚且つ教え方が上手でないと勤まらないよねぇ。

この人なら適任って感じ。

聞いてた通り、仕事の出来る人なんだな。

超優良物件。

納得。

帰って来たってことは、これから毎日このイケメンさんに会えるってことか。

ああ、私この会社に入社して良かった。

「あの…、燭台切さん」

やっぱりどうしても気になって。

私の噂って、どんな噂聞いたんですか?、そう続けようとしたんだけど。

「光忠でいいよ?」

突然掛けられたその言葉の意味するところを測りかねて、はい?と間抜けな顔で返事を返してしまった。

「光忠って、呼んでくれて構わないよ?」

…え。

…ええーっ!?

苗字じゃなく、下の名前で呼べと言われましたか今!

何のご褒美これいや違う、呼んでいい言われても普通呼べませんって先輩に対して名前呼びとか絶対無理だしだって大俱利伽羅さんのこと廣光って呼べって言われてるのと同じことでそんなこと出来るわけがな…

 

――廣光さん…か。

 

いい…。

ちょっと呼んでみたいかも…。

 

ちらりと大俱利伽羅さんの方に視線を送ってみたら、私のそれに気づいたみたいで、こちらを向いた大俱利伽羅さんと瞬間に目線が合って。露骨に嫌な顔されたんだけど。

私の考えることが分かったんだろうか。

「そう言ってくださるのは嬉しいですけど、先輩を名前呼びなんて恐れ多くてとてもじゃないけど出来ないです」

私が口にした言葉は、突然に沸き上がった声に見事にかき消された。社外でランチを食べていた社員達が戻って来たようだ。

「光忠さんじゃないですかぁ!帰って来てたんですかぁ!」

「うわー、久しぶりです、光忠さん!」

「光忠さんだ!今日帰って来るなんて知らなかった!急に決まったんですか?」

あっと言う間に社員達に囲まれて、質問攻めだ。

そこで初めて分かったんだけど、みんな光忠さんって呼んでるんだよね。

苗字で呼んでる人は一人もいない。光忠さんより先輩の人は名前呼び捨てだけど。

みんながそう呼んでいるのなら、ちょっと言い易いかも。

だから、思い切って、

「光忠さん…?」

って独り言みたいに呼んでみたら、他の社員の質問に答えていた筈の彼がこちらを振り返ったから驚いて。

「そうそう、いい感じだね。良く出来ました」

って、極上の笑みで返してくれるんだからたまりません。

うわもうその笑顔破壊力半端ないです。

光忠さんの笑顔の破壊力以上に半端ないと思われるのが大俱利伽羅さんの笑顔だよねぇ。

入社して以来一度も見たことないぞ。

名前呼びもしてみたいなぁ…なんて思いながら大俱利伽羅さんを見ていたら、

「…呼ぶなよ?」

ぼそっとつぶやかれて釘を刺された。

もー、私の考えてることお見通しなんですね、大俱利伽羅さん。

そりゃそうですよねぇ、大俱利伽羅さんを名前で呼んでいいのは彼女さんだけでしょうよ。

 

『廣光』

 

とか呼んでるんでしょうか。ああ、うらやましい。

大勢の社員に囲まれた光忠さんが私達の傍から離れていくのを見届けて。

ノートパソコンを開き午後の仕事に取り掛かる大俱利伽羅さんに「これ、置いておきますね」とゆずのくずきりを遠慮がちにふたつ置いてみた。余程気に入ってくれたのか、それとも処分に困ってる私に気を遣ってくれたのか。

「あるだけ置いていけ」

と言ってくれたので、残りの分もデスクに並べる。

女性を意識した包装になっているから並んだ姿が可愛らしくて。男らしく乱雑なデスクの上に置かれたそれは異彩を放っていたけれど。そのギャップがまたいいなと思いつつ、私はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 廣光さん、光忠さん。

呼んでみたいですねぇ…