刀剣乱舞 続き
「これは…何と言ったらいいのかな」
彼の整った顔が、俄かに曇った。
僕にもくれと言われたから手元にあったゆずのくずきりを手渡して。男性らしく大きな手が容器を受け取り、繊細な長い指がスプーンを取って。形のいい唇にスプーンが触れたと思ったら、スプーンの上に乗っていたくずきりがつるんと口の中に放り込まれていく。
遠慮がちに「美味しいですか?」と聞いた途端にこの表情だ。
「正直に言ってもいいかな?」
相変わらずのいい声で尋ねられたから、
「どうぞ!こちらも本音が聞きたいんで!商品開発室に勤めてる友人に感想を言わなきゃならないので!」
少し早口で捲し立てた。緊張してるがバレバレかな。こんなに格好の良い人の前で緊張するなと言う方がおかしい。しかも初対面の人だ。
「ああ、そういうことなら感じたままを言った方がいいね」
言い終えてもう一度ゆずのくずきりを口に運んで、それをゆっくりとかみ砕く。
丁寧にその味を確かめた後、彼はくずきりの容器を目の高さまで上げてみせた。
「容器のデザインは綺麗だし可愛くていいんだけどね。鮮やかな黄色で目立つだろうし、女性なら手に取りたくなるだろうね。だけど、中身は改善しなきゃならない点が多いな」
「ですよね…」
つぶやいた私の声が少し低かった所為で落ち込んで聞こえたのか、彼が焦ったように私の顔を覗き込んでくるから少し身構えてしまった。イケメンの顔がこんなに近くにあるなんて、滅多にないから慣れてない。
「気を悪くしたかな。だったらごめんね?それぞれの味は悪くない。でもこのふたつを合わせてしまった事でお互いの味を殺してるんだ。くずきりは単独で商品化して、ゆずはこのままゼリーにする。両方抱き合わせで商品化してもいいかも知れないね。その方が売れると思うんだけど、どうかな?」
適切な判断。その通りだと思います。
優しく語り掛けるような口調。
人を不愉快にすることなんて皆無だろうなと思わせるようなほほえみ。
…出来過ぎだろう、この人。
「ありがとうございます。凄く参考になります。友人に伝えますね」
貴重な意見をもらったのでお礼を告げたら、彼は「お友達によろしくね」と返した後で残りのくずきりを口に滑り込ませた。
ところでこの人――誰?
私自身記憶力に自信がある方ではないけど、社内にこんなイケメンがいたらすぐに覚えそうなものだ。
入社した日からの記憶を辿ってみたりしたけど、やっぱりこれほどのイケメンさんを目にした記憶など一度もない。取引先の人かな、それとも業者さん?
「光忠、おまえはそう言うが、俺は悪くはないと思うが」
しばらく沈黙してた大俱利伽羅さんが顔を上げて嬉しいことを言ってくれる。
この商品を自信満々な顔で持って来た友人に聞かせたら泣いて喜ぶぞ。
「ありがとうごさいます、そんなふうに言ってくれるの大俱利伽羅さんだけ…」
友人の代弁でお礼を言いかけて、ふと気付いた。
今の大俱利伽羅さん何か重要なことを言わなかったか。
その名前には聞き覚えがある。
「…光忠!?今光忠って言いましたよね?!もしかして、燭台切光忠さんですか!」
「あれ。良く知ってるね?」
いやだって先輩女性社員の口から良く飛び出すから自然と覚えちゃいますって。
凄く格好いい男性社員がいる。見た目だけじゃなくて性格もいいし仕事も出来る。勿論独身。この会社の超優良物件。名前覚えておいて損はない。
『その人ね、燭台切光忠っていうの』
何人の社員から聞かされたことか…。
いやあもう、想像超えてました。
まさかここまでのイケメンとは。
「君は数か月前に入った新人さんだね?」
え。
なんで知ってるんだろ?
「色々と噂は聞いてるからね」
噂?私の?
ちょっと待って。私の噂って…。
噂になるようなことって、仕事でミスして先輩に叱られたことくらいしか思い浮かばないんですけど!?
あ、もしかして。
他にも社員がいたのに酔っ払った勢いで大俱利伽羅さんに告白しちゃった、あの一件が広まってるの?!
どんな噂を聞いたんですか、そう尋ねたかったんだけど、
「出向先の社員教育はもう終わったのか」
大俱利伽羅さんが先に燭台切さんに声を掛けたので残念ながら聞けずじまい。
「終わったよ。新しく出来たばかりの営業所だったから開設当初は不慣れな社員ばかりで業務が滞ることが多かったけど。今はスムーズで何の問題もない。もう僕がいなくても大丈夫そうだから帰って来たんだ」
なるほど、出向してたから今まで私と顔を合わせることがなかったんだ。
私がここに入社するのと入れ違いに出向したのかな。
新しく出来たばかりの営業所で業務に不慣れな社員の指導係って、業務全般の理解が出来ていて、尚且つ教え方が上手でないと勤まらないよねぇ。
この人なら適任って感じ。
聞いてた通り、仕事の出来る人なんだな。
超優良物件。
納得。
帰って来たってことは、これから毎日このイケメンさんに会えるってことか。
ああ、私この会社に入社して良かった。
「あの…、燭台切さん」
やっぱりどうしても気になって。
私の噂って、どんな噂聞いたんですか?、そう続けようとしたんだけど。
「光忠でいいよ?」
突然掛けられたその言葉の意味するところを測りかねて、はい?と間抜けな顔で返事を返してしまった。
「光忠って、呼んでくれて構わないよ?」
…え。
…ええーっ!?
苗字じゃなく、下の名前で呼べと言われましたか今!
何のご褒美これいや違う、呼んでいい言われても普通呼べませんって先輩に対して名前呼びとか絶対無理だしだって大俱利伽羅さんのこと廣光って呼べって言われてるのと同じことでそんなこと出来るわけがな…
――廣光さん…か。
いい…。
ちょっと呼んでみたいかも…。
ちらりと大俱利伽羅さんの方に視線を送ってみたら、私のそれに気づいたみたいで、こちらを向いた大俱利伽羅さんと瞬間に目線が合って。露骨に嫌な顔されたんだけど。
私の考えることが分かったんだろうか。
「そう言ってくださるのは嬉しいですけど、先輩を名前呼びなんて恐れ多くてとてもじゃないけど出来ないです」
私が口にした言葉は、突然に沸き上がった声に見事にかき消された。社外でランチを食べていた社員達が戻って来たようだ。
「光忠さんじゃないですかぁ!帰って来てたんですかぁ!」
「うわー、久しぶりです、光忠さん!」
「光忠さんだ!今日帰って来るなんて知らなかった!急に決まったんですか?」
あっと言う間に社員達に囲まれて、質問攻めだ。
そこで初めて分かったんだけど、みんな光忠さんって呼んでるんだよね。
苗字で呼んでる人は一人もいない。光忠さんより先輩の人は名前呼び捨てだけど。
みんながそう呼んでいるのなら、ちょっと言い易いかも。
だから、思い切って、
「光忠さん…?」
って独り言みたいに呼んでみたら、他の社員の質問に答えていた筈の彼がこちらを振り返ったから驚いて。
「そうそう、いい感じだね。良く出来ました」
って、極上の笑みで返してくれるんだからたまりません。
うわもうその笑顔破壊力半端ないです。
光忠さんの笑顔の破壊力以上に半端ないと思われるのが大俱利伽羅さんの笑顔だよねぇ。
入社して以来一度も見たことないぞ。
名前呼びもしてみたいなぁ…なんて思いながら大俱利伽羅さんを見ていたら、
「…呼ぶなよ?」
ぼそっとつぶやかれて釘を刺された。
もー、私の考えてることお見通しなんですね、大俱利伽羅さん。
そりゃそうですよねぇ、大俱利伽羅さんを名前で呼んでいいのは彼女さんだけでしょうよ。
『廣光』
とか呼んでるんでしょうか。ああ、うらやましい。
大勢の社員に囲まれた光忠さんが私達の傍から離れていくのを見届けて。
ノートパソコンを開き午後の仕事に取り掛かる大俱利伽羅さんに「これ、置いておきますね」とゆずのくずきりを遠慮がちにふたつ置いてみた。余程気に入ってくれたのか、それとも処分に困ってる私に気を遣ってくれたのか。
「あるだけ置いていけ」
と言ってくれたので、残りの分もデスクに並べる。
女性を意識した包装になっているから並んだ姿が可愛らしくて。男らしく乱雑なデスクの上に置かれたそれは異彩を放っていたけれど。そのギャップがまたいいなと思いつつ、私はその場を後にした。
廣光さん、光忠さん。
呼んでみたいですねぇ…
続き書いてみた
続いてしまいました…(;´Д`)
この記事の一つ前の記事から続いてます。
「うーん、これは…」
「ちょっとないよねぇ」
もうすぐ終わりを告げる昼休み。
オフィスの片隅に腰かけている私達ふたりの手元にある、それはゆずのくずきり。
私の友人が大手コンビニの商品開発室に勤務していて、
『これ今度新発売予定の商品なの。食べてみて。感想聞かせてね!』
数日前に、余程自信があるのか満面の笑みで渡されたモノ。
付属のプラスチックのスプーンでそれをすくって一口食べた後の感想がこれだ。
友人には悪いけど、なぜ普通にゼリーにしなかったのかと疑問を抱くことしかできない。
くずきりとゆず。ミスマッチ過ぎやしないか。
蓋を開けてしまったのだから最後まで食べないと失礼だ。
とりあえず容器の中のくずきりはすべてお腹の中に収めたけれど。他の社員の人達にも配ってね、と渡された残りのくずきりをどうしたものか。
私が残された容器を手に取ってため息を付いたその時だった。少し離れた席に座っていた大俱利伽羅さんと目が合ったのは。
私の勘違いかと思ってみたりもしたけれど、このオフィスの片隅にあるテーブルに陣取っているのは私達ふたりだけ。
彼の視線は間違いなくこちらに注がれていた。
私が大俱利伽羅さんの席に視線を送っていたら、隣の席に座っていた同僚がすくっと席を立った。だからそこで私の視線は彼から同僚へと自然に移動する。
「ごめん、これから打ち合わせなんだ。もう行くね。友達には普通にゼリーにした方が売れると思うよって伝えておいて?」
私と同意見をくれた彼女に「貴重な意見ありがとう」とだけ伝えてひらひらと手を振った。
もう一度、大俱利伽羅さんに視線を戻す。
あっ、違った。
彼は私を見てるんじゃない、彼が見つめていたそれは私の手元のゆずのくずきりだ。
そりゃそうだよな、私が彼を穴が開くほど見つめることはあっても彼が私を見つめてくることなんてあるわけがないし。
まさか、と思いつつも、若干離れた場所にいる彼に聞こえるように少し大きな声で、
「これ、食べますか?」
と聞いてみたら。
小さく頷いてみせた。
何これ反則、かわいい。
頷くんだよ、あの大俱利伽羅さんが。
もうそりゃあ速攻で立ち上がって彼の席まで届けに行くでしょうよ。
普段は彼の方が背が高いから私が見上げる形になるわけだけど、今は彼が座っているから見上げられる感じになる。
見下げてもいい男なのには変わりがない。
…なんか照れるな。
「あの…、言っておきますけど、あまり美味しくないですよ」
「別に構わない。腹が満たされればなんでもいい」
言われて気が付いた。
そういえばついさっきまで大俱利伽羅さん会議だったんだ。
長引いてお昼食べ損ねたのかも。
どうぞ、とスプーンとともに渡したら、早速蓋を開けてぺろりと平らげる。
余程お腹が空いてたらしい。
「もうひとつ、いっちゃいます?」
と尋ねたら、軽く頷く。
いやだもうなんだこのかわいい生き物。
私が酔った勢いで告白してからも、変に意識することなく普通にこんな感じで接してくれるので実にありがたい。
いや、欲を言えば少しでも女性として意識してくれたらもっと嬉しいだろうなと思わないこともないけど。彼女のいる大俱利伽羅さんにそんなこと期待したって無理な話で。
スプーンで彼の口に運ばれるくずきりがちょっとうらやましいとか阿呆なことを思ったりして。
きれいに平らげてくれるのは嬉しいけど、少し心配になって来たな。
「あの…、無理しなくていいんですよ?」
「無理などしていない。普通に美味い」
速攻で返された。
味覚大丈夫なんだろうか、この人。ああ、でも、私料理下手だからこのくらいの味覚の人の方が誤魔化せていいかも…なあんて。
…何考えてるんだろ。彼女がいるんだから私が彼に料理作ることなんて地球がひっくり返ってもあるわけないのに。
彼女のこと、時々考える。どんな人なんだろうって。
格好付けたがる女性だって言ってた。
クールビューティーな感じの女性を勝手に想像してるんだけど違うのかな。
いつも格好良くスーツで決めているようなキャリアウーマンタイプ?
こう、長い髪ばさっとかき上げて「格好良く決まってるかしら?」みたいな?
…大俱利伽羅さんと上手くやっていけるのかなそんな気の強そうな人で。
余計なお世話だな。
あまり美味しいものではないのに、良く食べてくれるなぁ。
もしかしたら、私が残りの分をどうしようかと途方に暮れていたから、こうやって処分してくれているのだろうか。
…いやいやいや、まさかねぇ?
私がそんなことをつらつらと考えていたら、下から声が降ってきた。
「もう終わりか」
「へ?」
「まだあるのかと聞いている」
「あっ、ああ、ありますよ?もう全部あげちゃいますよ大俱利伽羅さんに」
「ちょっと待って?それ、僕にもひとつくれないかな?」
――?
今の声は、どこから?
それも今まで聞いたことのないようないい声が降って来たんですけど?
背後から聞こえて来たその声に振り返ってみれば。
二十数年生きて来て初めてお目に掛かったんじゃないかって思うくらいの、大俱利伽羅さんとはまた違ったタイプのえらくスタイルのいいイケメンさんがそこに立っていた。
ようやくみっちゃん出て来ましたね。
待ってたよ、私がw
これまた続いちゃいそうですね(;'∀')
刀剣乱舞 小説
刀剣乱舞、登場人物は大俱利伽羅と女性オリキャラのみ。みつくり、もしくはくりみつ前提。女性オリキャラのモノローグ。現代パロ。苦手な方はスル―推奨。
何となく夢小説っぽい雰囲気も?
私は今相当に酔ってる。
自覚はあるけど、グラスを持つ手は止まらない。くいっと一気に中身を空ける。
酔った時独特の浮遊感というか、こういう感じ好きなんだよね。
色々なことがどうでも良くなって、あるがままに身を任せてみたくなる。
理性って何だっけ、状態だ。
「そのへんで止めておけ」
聞き慣れた声が隣の席から聞こえて来る。私の大好きな声だ。凄くいい声なんだよね。私この人の声に惚れたのかも。
彼は私の会社の先輩。声に負けないくらい顔も好みで、決して器用ではないけれど黙々と仕事をこなしていく姿に惚れ込んで。知り合ってから好きになるのにそう時間は掛からなかった。
こんな素敵な人に恋人がいないわけがない。告白したところで玉砕するのは目に見えてる。相手は大人の男だもん、私みたいなついこの間会社に入ったばかりの新人なんか相手にしてくれるわけないって、分かってるんだ。…でもね。
今しかないなって、思ったの。
洗練された雰囲気のバーの店内は少し照明が薄暗い。
そんな中、社員はそれぞれに会話を楽しんでる。部署内の懇親を深めるための飲み会なんだけど、20人以上の社員が集まってるからそれなりに賑やかだ。
仕事の都合で店に遅れて来た彼が、たまたま空いていた私の隣の席に案内されて来た時にはどんなに嬉しかったか。
神様がくれたこのチャンスを無駄に出来る筈がない。座った場所がカウンターで、周囲に座っていた社員がテーブル席が空いたからとそちらへ移動して私と彼のふたりきりになったことも、私を後押しした。
「あのですね。大俱利伽羅さん」
ちょっと口が回っていない感じもするけど。彼がこっちを見てくれてるのは分かったから、私は構わず続けたの。
「私、大俱利伽羅さんのこと、好きだな~」
もう酔ってるから何でもあり。単刀直入。
なんて返事が返って来るかな、と待っていたら、しばらく間があった後で、
「そうか」
って、いかにも面倒臭そうに一言だけ返ってきた。
如何にも彼らしい。
酔っ払いだと思って軽くあしらっとけって感じ?
負けないぞ!こっちだって酔ってりゃ怖いモノなしなんだから。
「私がこんなこと言ったって本気にしてもらえないのは分かってますけど。いるんですよね?彼女」
「…いや」
「うっそだぁ。いないわけないじゃないですか、そんなに素敵なのに。女が放っておくわけがないですよ。すみません、ビールジョッキでお願いしまぁす!」
「もうよせと言っているだろう。明日の業務に差し支える」
「そっちの心配ですか。私の身体の方も心配して欲しいなぁ」
「君の身体が心配だ。もうやめろ…これでいいのか」
「なんですか。その棒読み。でもいいなぁ。その声でそんなふうに言われるの。いい声だって言われません?腰に来るんですよね」
「おまえぐらいだ、そんなこと言うのは」
「うっわ!今のいいです、凄くいい!」
「…あ?」
「おまえって。もう一回言ってください!」
「付き合ってられん」
言いながら立ち上がり掛けた大俱利伽羅さんの袖を瞬時に掴んだ。
だって私、彼と話せてすごく嬉しかったし、もっと話したかったんだ。
「…仕事絡みでは時々話しますけど、こんなふうに話すことって、あまりないですよね。平気な顔してるように見えるかも知れませんけど、実はいっぱいいっぱいだったりするんです。お酒が入ってないとこんなふうに話せません。だから、」
もう少しだけ、付き合ってください。
酒の力を借りて訴えたその声は、震えていたかも知れない。
そこで振り切って行ってしまうような人ではなかった。彼は浮き掛けた腰を元に戻してくれた。
「…優しいんですね」
「そんなこと言うのもおまえくらいだな」
「あー、もう、ほんとにいいです!何度でもおまえと呼ばれたい」
「三度目はない」
「もうおしまいですか!スマホで録音するんでもう一回」
「いい加減にしろ」
怒られてもいい声。こんなに好みの声ってなかなか聞けないんだよね。
「おい。何時まで持ってるつもりだ」
「へ?」
…持ってる?何を?
何のことだか瞬時に理解が出来ず、間抜けな顔をしていたら、
「引っ張られて迷惑なんだが」
と言いつつ彼が袖のあたりを指さして来た。
あっ、いけない。さっきから掴んだままだった。でも、こんなこともう二度と出来ないだろうし。
「もう少し持ってていいですか」
と聞いてみたら、
「だめだ」
容赦なく返された。
ですよね~。
可愛い恋人に掴まれるならいいけど、何とも思ってない女に袖持たれても不快に思うだけだよね。
名残惜しむようにゆっくりと彼のスーツの袖から手を離した。
私は一度息を吐き出して、意を決して聞いてみたの。
今夜の彼はお酒が入っている所為か普段よりも良く喋る。
いつもならスルーされてしまう質問にも、今なら答えてくれるかも知れない。
「酔った勢いで聞いちゃいます。…付き合ってる人、いますか?」
「…ああ」
お酒の力を借りているとは言っても、実は相当な覚悟でもって告げられた質問に、彼は真摯な姿勢で答えてくれた。
分かっていたけど実際言われるとへこむなぁ。切ないわ。
「どんな人ですか」
そんなこと聞いたって、おまえに話す必要はないと思うが、とか何とか言われて終わりだろうと思ったのに。
言葉を選ぶかのような沈黙の後で、彼は言ったの。
「世話好きでお節介。何か付けて格好付けたがるのには辟易としてる」
…女性なのに格好付けたがるの?
大俱利伽羅さんが辟易とするくらいに?
「…ちょっと面倒臭い人ですか?」
どんな人なんだろうな、と想像を巡らしつつつぶやいたそれに、彼は小さく苦笑してみせる。
うわ、初めてみたな、彼のこんな表情。貴重だぞこれは。
「面倒臭いかそうじゃないかと言われれば面倒な方かも知れんが…」
そして私は更に貴重なものを見たり聞いたりすることになる。
「でも、悪い奴じゃない」
そう言った時の、彼の瞳。そして声。
初めて見せられた穏やかな瞳と、今まで聞いたことのないような優しい声音。
たまらなかったです、はい。
大俱利伽羅さんが悪い奴じゃないって言うんだよ?
良い人に違いない。
彼なりの最大の賛辞だ。
どんなに恋人を大切に思っているか。ちゃんと伝わって来ましたよ。
これは諦めるしかなさそうです。
「彼女さんとお幸せにぃ…」
「…寝るなよ?」
「もうだめです…。おやすみなさい」
「おまえみたいに重い奴運ばせるな、迷惑だ…って、おい、寝るなと言っている!」
今、三度目言いましたね?
ないって言った癖に。
それに私背は高いかも知れないけど太ってないですから。重いなんて失礼ですよ?
失恋したというのに、想像していたほどには落ち込んだりしなかったのが意外だった。
大俱利伽羅さんの滅多に拝めない優しい瞳が見られた所為かな。
あの大俱利伽羅さんにあんな表情させてしまう彼女に一度会ってみたいな、と思いつつ、慣れない仕事の疲れも手伝ってか、私は深い眠りに落ちたの。
その後どうやって家に帰ったのか全く覚えていないんけど、目が覚めたらちゃんと家のベッドで寝てたのよね。
で、出社してみたら、大俱利伽羅さんと男性社員のふたりで私を家まで送ってくれたという事実を知り、速攻で大俱利伽羅さんのデスクへ向かいお詫びを入れた私でした。
迷惑だなんて言いながらちゃんと家まで送ってくれる大俱利伽羅さん、やっぱり優しい人です。
酒は呑んでも呑まれるなってね。実感した次第でございます。
いやだってさ。「彼女」じゃないからね。だから最初の質問は否定してるわけですよ。
二度目の質問では「付き合ってる人」って、聞いてますからね。そりゃ、いるっていうわな。
「え?僕って面倒臭い人だったの?」by光忠w
お粗末様でした。
小説ブログ始めてみた
エンディングから数年経過してる感じかな。
スコールが多忙でなかなかデート出来なかったふたりの久しぶりの逢瀬。
なのに甘さの欠片もありませんw
「一言だけだよ。たった一言。なんでそれが言えないの?」
リノアが俺の目を真っ直ぐに見据えてそう言うんだが…、俺自身は態々それを口にする必要性などこれっぽっちも感じてはいない。だから思ったままを口にすれば、
「私は、必要だと思う。言われて嬉しいと思わない筈がないじゃない」
と憮然とした表情で言い返された。
折角久しぶりに俺の時間が空いてこうしてふたりで自室でゆっくりと会えたというのに、何故こんな不毛な言い合いをしなくてはいけないのか。
甘いムードとは全く無縁の今の状況をどうしたら打破出来るのか。
宥めたりすかしたり、俺なりに色々と手は打ってみたものの、どれも不発に終わった。
リノアの態度からこちらの努力が少しも伝わっていないのをひしひしと感じる。ひとつ溜息を付くついでに、
「…わけが分からん」
つい呟いてしまったら、彼女は目尻を釣り上げてみせた。
「わけが分からんのは私の方よ!」
言いながらくるりと俺に背を向けて部屋を出て行こうとする。
「おい、待てよ」
すでに歩き出していた彼女の腕をかろうじて掴んで引き留めるが、リノアは俺の手さえも振り解いた。
「今日は私、もう帰るから」
…そんなこと言うなよ。
俺がどんなに今日を楽しみにしていたか、知らないだろ?。
俺はリノアの他愛もない日常の話を聞くのが嫌いじゃない。
今まで俺の仕事の所為で会えなかった分も沢山の話を聞いてやろうと思っていたし。
リノアに触れるのをどんなに待ち望んでいたことか。
寂しいのはリノアだけじゃない。
そう思うのなら今の思いの丈をさらりと口に出してしまえばいいものを、それが出来ない俺自身にも問題があるのは重々承知だが。
言葉に出来ないのなら態度で示せばいい。
強引に抱き寄せてしまえば大人しくしてくれるんじゃないかと試みたが、その作戦は失敗に終わった。
「やだっ。スコールなんてもう知らない」
と叫んだと同時に腕の中からすり抜けられて、今度こそ彼女は部屋のドアを乱暴に開けた。
ドアが開いたその瞬間だ。間の悪いことにあいつが顔を出した。
「あれ?リノアちゃん来てたの?」
性格こそ正反対と言っても過言ではないが、どうかすると俺とそっくりの表情をすると評判のこの男。…認めたくはないが俺の父親だ。
「何、もう帰っちゃうの?もっとゆっくりして行けば」
…ここはあんたの部屋かよ。
「いえ、もう帰ります。分からず屋のスコールと一緒にいたくありませんから」
…そっちも相当な分からず屋だと思うがな?
相変わらずこのふたりの発言は突っ込みどころが多い。
「何よ?痴話喧嘩?」
にやり、と笑みを浮かべながらのセリフはリノアに告げられたものではない。明らかに俺に対して言っている。
部屋主に断わりも入れず当然のことのように部屋に入って来るあたりが気に入らなかったが、今はそれどころじやない。
「リノア、待てって言ってるだろ」
「私が望む言葉を、ちゃんと言って?」
それだけを俺に告げると、彼女は開けた時以上の乱暴さでもってドアを閉めた。
ばたん、と閉められたドアの音が部屋中に響いた後の一瞬の静けさ。この部屋に残ったのは俺と、俺の父親―――ラグナだけだということを嫌でも思い知らされる。
「君が好きだ、とかか?それとも、愛してる、とか?」
突然に声を掛けられたから、俺は思い切り不機嫌な表情でラグナを見遣った。
「…何の話しだ」
何を問われているのかは分かっていたが、あえて分からないふりを通した。
「だからぁ。リノアちゃんがおまえに望む言葉。たまには甘い言葉のひとつやふたつ言ってやれや。減るもんじゃねぇし」
「言ってる。ふたりきりの時は、それなりに」
「ほー…」
そりゃ意外だね。どんな顔して言ってるんだか
言われなくても分かる。ラグナの顔に書いてある。
「なら、言い足りないんじゃないのか?もう少し女心ってやつを勉強した方が」
「そういうことを言って欲しいと言ってるんじゃないんだ、リノアは」
声音に故意に若干の苛立ちを含ませて言ってやったとしても、それに気付いて空気を読んだ発言をする、なんて殊勝な気持ちは持ち合わせているはずもなく、
「じゃあ一体なんて言えって言ってるわけ?」
案の定しつこく聞いて来る。
ここで普段の俺なら間違いなく、あんたには関係ないだろう、と無碍に言い返して終わるのだろうが、今回はそうも行かない事情があった。
部屋から出て行ってしまったリノアを追いかけるべきであろうこの状況下において、リノアが俺に望む一言を聞くまではここから出て行かないぞと言わんばかりのラグナの態度。
ドアの前を陣取って仁王立ちだ。
俺はとうとう折れた。
ひとつ深呼吸を施す。
そして俺は故意に相手に聞こえるか聞こえないかのような小声で呟いた。
「――父さんと呼べと、言われたんだ」
「…あ?」
「だから、あんたのことを!世間一般の息子がそう呼んでいるように、普通に呼べと!」
まさかそんな答えが返って来るとは思わなかったであろうラグナの表情がみるみる固まっていく。
「…ええ…っと、…それは」
普段饒舌なこの男が珍しく口ごもっている。
想像している以上に困惑している表情を見ているのは結構面白かったが、俺の方も決して口にはしたくなかったことを口にしてしまったせいでいささか混乱状態でそれを冷静に観察しているような余裕はなかった。
こちらもようやく冷静さを取り戻した頃、しばらく動きを止めていたラグナが動き出したと思ったら、
「あの…さ。今の、もう一回言ってくんない?」
と、多少は気恥ずかしいのかうつむき加減でとんでもないことを要求してくる。
冗談じゃない。
さっきの一言を呟くのに俺がどれだけ勇気を振り絞ったと思ってる。
「二度はない」
「そんなこと言わずにさ。声が小さくて良く聞こえなかったし」
嘘付け。ちゃんと聞こえてたから固まったんだろうが。
「俺は質問に答えたんだから、もう帰ってくれ」
投げやりに言いながらラグナの肩を押し、ドアを開け放ち外へと押し出した。
頼むからもう一度、と懇願し続けていたが、それはきれいさっぱりと無視してやった。
ドアを閉めた瞬間に一人になった部屋の中は途端に静寂が保たれる。
強引に押し出してしまったが、あの男はここへ何をしに来たのか。
立場的にも尋常ではない忙しさの中に置かれている筈のラグナは、こうして度々俺の部屋を訪れる。それは、今まで離れていた親子の時間を取り戻そうとでもしているかのような頻繁さだ。
――父さん…か。
リノアにせっつかれでもしなければきっと永遠に出て来ることはなかったであろうその言葉を思い出して、苦笑する。
初めて口から発せられたそれは、なんとも言えない気恥ずかしさと、わずかな甘さを含んで、俺の脳裏に焼き付いた。
数年前のブログに載せたものです。お目汚し失礼いたしました。
以前から思っていたんですけど、スコールと伽羅ちゃんって性格良く似てますよね。スコールのセリフ伽羅ちゃんボイスあててみてもなんの違和感もないですよw
刀剣乱舞の小説も載せますよ~
多分女性のさにわちゃんやら現代パラレル転生話で女性キャラ等出て来ますので苦手な方はご注意を。